一期一会の夜。
映画を見始めた直後、知り合いに電話をかけると近所にいたので出かけた。
色んな人に出会った。
人間と言うのは素晴らしい。
出会うと言うのは素晴らしい。
生きると言うのは素晴らしい。
さかはら あつし
映画を見始めた直後、知り合いに電話をかけると近所にいたので出かけた。
色んな人に出会った。
人間と言うのは素晴らしい。
出会うと言うのは素晴らしい。
生きると言うのは素晴らしい。
さかはら あつし
今日は午後に打ち合わせ、各種プロジェクトの可能性も膨らんだ。
クリエーターとも出会い、一緒に映画祭の賞を狙えるような作品作りを目指すことになった。
出版のプロジェクトも進んでいる。私がどうしても挨拶をしておかなければならない人がいるので、明日はキチッと挨拶をする。
帰りに近くのRed Chili(カレー屋)で最新作、ハンバーグカレーを食べる。
美味しかった。
オーナーはここ数日、風邪で寝込んでいたらしい。ここ数日、出先で夕食を食べているので、行くことがなかった。
信濃町にはメイヤウというタイ風カレーの老舗もある。ここも美味しい。
タイ風のカレーと個性を押し出しすぎない食べて飽きないRed Chili、二つを食べくらべてみてください。
さかはら
おろそかにしないところに、信頼を生み出す第一歩がある。
─ 松下 幸之助 ─
(松下電器産業創業者)
「おろそかにしないところに、信頼を生み出す第一歩がある」
いい言葉だが、守るのは難しい。
久しぶりに伯父の顔を見てきた。
まだまだ元気で、良いアドバイスを一杯もらって帰ってきた。
さかはら
強さは「肉体的な力」からくるのではない。
それは「不屈の意志」から生まれる。
─ マハトマ・ガンジー ─
(インド独立の父)
強さとしなかやさかは矛盾撞着語法ではない。
さかはら あつし
電話や作業が入りながら見たので、集中して見ることはできなかったが、ストーリーの作りはキチンとしていた。
どうして、今、こういう超人チームものがアメリカで多いのだろう。
| Budget: | $100M (estimated) |
| Opening Wknd: | $56.1M (USA) |
| Gross: | $329M (Worldwide) |
アメリカで滅茶苦茶当たった訳ではなく、世界の興行収入ではリクープしていると言う不思議なパターンだ。一見、アメリカで当たりまくりそうなのに。
ハリウッドメジャーだから出来る、豪腕だな、きっと。
さかはら
今日は昼からある企画で打ち合わせ、三時間。
その後、広尾に移動し、また、打ち合わせ。
家に戻るともう深夜。
全く新しい企画の相談が舞い込む。ジャッグルしているプロジェクトが一気に増えた。
やっと底力がついてきたのだろう。
ここから信じられないほど、忙しくなる。
さかはら あつし
一つの不幸にとらわれて、
すべてのものを、不幸な眼で見ようとするのはいけない。
─ 黒岩 重吾 ─
(『背徳のメス』)
つまるところ、出来事には幸運だと思うか、不幸だと思うか
の二つの見方しかない。出来事は、どう思うとも同じだが、
人生はどう思うかで、大きく変わる。
さかはら あつし
処方されている薬を飲まなかったので、眠りは浅かった。
朝から起きて、仕事をする。
ランチを食べて戻る途中、黒のポルシェのオープンカーが駐車禁止を取られているのを目撃する。
さかはら
幼稚な愛は「愛されているから愛する」という原則にしたがう。
成熟した愛は「愛するから愛される」という原則にしたがう。
─ エーリヒ・フロム ─
(『愛するということ』)
愛するのに理由はいらない。ただ、愛せ。
さかはら あつし
夜は近所のカレー屋で晩飯を食べていたら、いつもお世話になっている文房具屋さんが来たので、世間話をしていたら遅くなった。
そしたら近所のコンビニの店長がやってきた。
近所のカレー屋大戦争とコンビニ大戦争の研究をした。
企画「カリーショップ」の調査である。
ぐっすりと眠り、明日はまた資料の磨き上げと、本筋の企画について考える。
さかはら
昨日から幾つかのアポイントメントをこなしながら、プロジェクトで要求される資料を作っている。この作業、心理的には結構きつい。急ぐのは明らかなのだが、のた打ち回りながらやっていた。
途中、A先輩から、教育的指導も受けた。
トロントの友人からホテルルワンダのプロデューサーも一緒に映画を作ったらどうかと紹介された。紹介されたのは嬉しい。これも何かの縁だ。
話してみないとわからないところもあるが、駄目でもきちっとアメリカで映画を作れる自信が湧いてきた。
しかし、資料作りは続く。資料作りは急がなければならない。
その中で肝を見つけた。
幾ら良いチームで仕事をしても、肝を見つける作業は自分しか出来ない。
私はその核心をついに見つけたのである。
七転八倒する日々の中で、答えをみつけた。
出会いと、幸運に感謝しなければならい。
さかはら
最初の一歩を踏み出しなさい。
階段全体を見る必要はない。ただ、最初の一段を上りなさい。
─ マーティン・ルーサー・キング ─
(アメリカ牧師)
やってみなければ、何もわからない。
さかはら あつし
素晴らしい企画を思いついた。その名は「カリーショップ」中味は言えない。
素晴らしい企画である。低予算、構成は斬新で芸術的、面白く、人間の本質を突いている。
アメリカで撮るも出来るし、日本で撮ることも、なんだったら、中国で撮ることも出来る。
日本で自分で撮るか、日本でプロデューサーをして、誰かに撮ってもらうか。
ここから猛烈な勢いで動くが、落ち着いたら、ほっこり小規模なものを作るのもいい。
しかし、ストーリーは私が開発するしかなさそうな気がする。
目の消耗が激しいな。仕事にならない。
さかはら
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少女の恋は詩なり。年増の恋は哲学なり。
─ 長谷川 如是閑 ─
(評論家)
子供に「大人になったら何をしたいの?」と尋ねる人はいるが、
大人に「本当は何をしたいの?」と尋ねる人はいない。
さかはら あつし
今日は朝から資料作り、昨日は遅くまで来年から出てくるだろう役者さんと一緒にいた
からか、ヘロヘロである。
電話で別件のプロデューサーと打ち合わせ、脚本のフィードバックを英語で入れる。これは結構骨が折れた。
昼はもりそばを食べ、また、資料作り。
デービッドグリーンスパンに私のフィードバックでちゃんとわかるか、転送しておいたが「Good and Clear」というレスポンス。
私が最も聞きたかった評価である。
映画のストーリーは小説と違い、「Good and Clear」ということが徹底的に要求される。
ようやく、基礎体力がついた。
動き始めているアーティスティックな映画の製作プロジェクトの女優さんのオーディションというか面談。人間としてしっかりした女性だった。
次はヘッドのプロデューサーと監督の面談で詳細は決まるだろうが、これを機会に大きくステップアップして欲しい。そういう仕事ができるのがプロデューサーなんだと気づく。素晴らしい仕事である。
さあ、資料を作るぞ、と思うが、どうも調子がのらない。
どうしてだろうと思ったら、聴いている音楽が同じだった。
音楽が変われば、気分が変わる。
愛用のインターネットラジオ局を見ると、クリスマスソングの特集をしていた。
もうそういう季節なんだなと思う。
このブログを読んでくれた人に、クリスマスソングを。
さかはら あつし
成功とは成功するまで続けること。
辛抱して根気よく努力を続けているうちに、
周囲の情勢も変わって、成功の道が開けてくる。
─ 松下 幸之助 ─
(松下電器産業創業者)
私は諦めそうになる、いつも「本当に全ての手を
尽くしたか?」と自分自身に問う。「それは常識
の範囲ではないか?」とも問う。そうすると必ず
やっていないことに気づく。私は何も達成
していない。この考えで何かが達成されるかどう
かはこれからわかる。それは私の人生である。
さかはら あつし
私がストーリーと脚本の技術で、誰よりも認め、Respectしているのは、私をカンヌに連れて行ってくれたDavid Greenspan監督である。
私は彼ほど、ストーリーと脚本にシビアな人間を知らない。
それ故に彼もまた苦しんでいる。それを私は良く知っている。
一週間ほど前からだろうか、スリリングなほど、まるで、ヒョードルが二人いて、二人が戦っているようなテクニカルな会話が出来るようになり、今日は一晩かけて読んだ脚本の私の意見をコンファームすると、ほぼ全てを同意してくれた。
やり取りの中に、好き嫌いの感情は一切存在せず、ただただプロフェッショナルな技術論による会話が出来る。
そして、私のプロデューサーとしてのストーリーデベロップメントの技術を旧い友人だからと遠慮することも、へつらうことも、おもねることもなく、しっかりとレスペクトしてくれているのがわかる。
最もそんな甘さを彼は持ち合わせていない。
彼もカンヌで勝って以来8年間、ハリウッドで技術を磨き続けたはずだ。
その同じ地平に今いることを感じ、思わずこぼれる涙が、晩秋の日差しに乾くのを感じることが、どれほど心地よいことか。
さかはら
結局、徹夜した。
ハリウッドのプロデューサーの持っている脚本を読んだ。
非常に良く書けた力強い脚本だった。普通の映画としてはこのまま十分成功するだろう。
しかし、もう一つか二つディメンションを増やせば、アカデミー賞のベストピクチャーを狙えると思う。
いや、このままでも取れるのかもしれない。私が背景を知らないだけで、このままで良いのかも知れない。
ハリウッドの一流のアプローチを学ばせてもらった。良い勉強になった。
打ち合わせが楽しみだ。是非手伝いたいと思う。
しかし、相手は本当に私を必要としているだろうか?それがわからない。。。
さかはら
小腹がすくと、近所のコンビニに出かけ、チーズクリーム大福、クリーム大福を食べるのが、良くない習慣である。
ところが売り切れている。仕方がないので、月餅を二つ買った。売れているのだ。チーズクリーム大福、クリーム大福は。
時代は和×洋である。
脚本をまだ読み終えることができず、明日は朝から打ち合わせがあるので、このまま徹夜で押し通す。
地下鉄サリンの後遺症のせいか、睡眠薬を飲まないと良く眠れない。昼間に眠ったので尚更だ。しかし、眠れないことをうまく使えば、それはそれで便利である。
これこそ、逆転の発想である。
友人(勝手に友人だと思っています。許してください。)の主宰するインターネットラジオに呼んでもらったので、アップロードされた分を片っ端から聞き始める。自分が出るとなると、聞き方も変わるものだ。皆さんも是非。
さかはら
朝から、預かっている脚本を読み始める。自慢ではないが、私は脚本を読むのが遅い。4割読んだところで、この脚本は凄いと感じる。そうか、これがプロの脚本かと勉強させてもらった。
途中、腹が減ったので、最近、良く行くハンバーグ屋に出かけると、隣の客は「仏像辞典」を読んでいた。どうしてかと尋ねてみると、なんとなく、ただ、真言密教が好きだからとだけ説明してくれた。
明日の朝、大量に打ち出す予定の原稿を束ねるクリップを探しに馴染みの文房具屋に出かけたが、休みだった。
時代は答えを求めている。
新しい世界へのビジョンを求めている。
さかはら
今日もカレーを夕飯に食べた。
店長に勧められて、メニューにない餅グラタンを食べたら、お腹が一杯になった。
餅グラタンは美味しかった。残念だが、携帯を忘れたので写真はない。
お腹が一杯になると眠くなる。
昨日は改稿作業で徹夜で追い込んだ。一気にやらないと、上手く行かない。
ブログを読んで、欝になっているのではと心配してくれる友人もいるが、そんなことは全くない。元気である。
きつい原体験を書いた文章を改稿するときは、こんなもんだろう。
さかはら
午前から、午後にかかけて、都内某所である人にある人を紹介されて、打ち合わせをした。
日本はタブロイドメディア資本主義である。
ノリピーが良ければ、それーっとノリピーを追いかける。
34歳の女が良ければ、34歳の女を追いかける。
そういうタブロイドメディアメンタリティーが経済と政治を動かしている。
タブロイドメディアコンプレックス(複合体)というものが日本に出来上がっているような気がする。
日本の映画もテレビ局を中心とするタブロイドメディアコンプレックスで動いているような気がする。
テレビ局の入らない、映画は余程、戦略的にアプローチしないと滅多にリクープしない。
この1年で、テレビ局の入らない映画でリクープしたのは2本だそうである。
さかはら
ライフストーリーの改稿をやっと終えた。
午前3時。
これから、預かっている脚本を読むことになる。
ライフストーリーの改稿をやっと終えて思うのは、私の人生を受けきれる編集者に出会えるかと言うことである。
私のライフストーリーを軽く扱ってはいけないと初めて思った。
しっかりと書ききれば、エリビゼルの『夜』にも劣らない作品に仕上がるだろう。
焦る必要もない。ただ、良い編集者と出会うことが必要だ。
さかはら
オーストラリアの友人におしてもらったサイトに
とあった。
私はスナフキンになりたいと、オーストラリアの友人は言っていた。わかるような気もする。
さかはら
今日はずっとスケジュールが押している。
291分の200まで進んだ。
完璧主義の罠にはまっていた。
私一人で完璧なものなど書けないから、編集者が必要なのだ。
大鉈を振って、編集者に預ければ良い。
後半は大きく書換えないといけないだろう。
これを上げたらまぶしいほど良く書けていると言われる脚本を一本読まないといけない。
今日は時間が押しまくっている。
さかはら
人生で犯しがちな最大の誤りは、
誤りを犯さないかと絶えず恐れることだ。
─ エルバート・ハバード ─
(アメリカ作家)
A4で291枚あるうち、152枚まで見直した。
午前4時18分。
もう眠らないと、リズムが狂う。
私の人生は過酷な部類に入らないだろう。
もっともっと苦労している人が世の中には一杯いる。
しかし、今まで生きた道自分なりに大変だったなと思う。
明日は、この文章に手を入れ、英語の脚本を一本読み、映画を一本見る。
いよいよ、人生の本番が始まる。
さかはら
大胆不敵になっていい。人生は一回なんだから。
もう誰も、私の命をとろうとはしないだろう。
とられたら、それは、それで、それまでである。
自らの半生伝を読み直しながら、そんなことを考えた。
さかはら
逃げない、はればれと立ち向かう、
それがぼくのモットーだ。
─ 岡本 太郎 ─
(『強く生きる言葉』)
太陽の光を眩しいと思わないか?
星の瞬きを美しいと思わないか?
生きているって言うのは、そういうことだ。
さかはら あつし
部屋はゴミ箱の中のような感じだが、ゴミ箱はゴミ箱なりに少しだけ、気持ちだけ、整理した。
自分が書いた「なんちゃって小説」には決定的なシーンが抜けている。そのシーンを増稿する作業、そして、全体を見直す作業を今週末にしなければならない。
また、映画の英語脚本を一本読みきらないといけない。これは製作に参加するかどうか、真剣に考えないといけないプロジェクトなので、気合を入れて、読まなければいけない。
怒涛の勢いで動いていたので、さすがにへばっていて、見始めた二本目も途中で眠りに落ちる。しかし、終盤で目覚めたところで、一気にこの映画の持つ、パースペクティブに気づき、週末中にもう一度、見直すことに。
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今日は今まで書いた原稿用紙千枚の原稿に少し手を入れようとと思い手を入れ始めたが、腹が減ったので、近所のカレー屋に出かけたが、断りもなくバンド演奏付でミュージックチャージを取ると言う話なので、隣の中華料理屋で、酢豚と空芯菜を食べる。
反対側のテーブルで、文学座の先輩俳優と若手俳優が話をしていたので、横に座って話を聞かせてくれとお願いすると、快く座らせてくれた。
日本の芝居の興行システムと西洋の興行システム、そして、日本の観劇のあり方と、西洋の劇のあり方の根本的な違いを教ええたもらった。
他のことは難しすぎてよく分からなかったが、この部分だけは目からうろこで、勉強になった。
さかはら
才能とは自分を信じることだ、
自分の力を信じることだ。
─ ゴーリキー ─
(ロシア作家)
生きるとは自分の運を信じることだ。
さかはら あつし
朦朧としながら見た。
基本はドランゴンボール状態のAストーリーをブルースとロイドが追いかける。
Bストーリーはドラゴンボールを盗んだ女、どんでん返しは盗んだ女の過去と目的。
まあ、そんなところか。
さかはら
シリコンバレービートという感覚があるように思う。
私はそういう感覚を持っているからかシリコンバレーに行ったのか、シリコンバレーに行ったから、そういう感覚を持っているのかはわからないが、シリコンバレービートを持っているような気がする。
自分をまっすぐ持ち、速く、速く、詰めていく。しかも、手段を選ばずに、大胆不敵に動く。
飛び込む相手はいつも意志決定者であり、交渉の内容はいつも戦略的である。
そこを才能がないから、運と愛嬌を武器にやるのが、私の生き残り方である。
これが私のシリコンバレービートである。
社会は日常の業務を受もと人がいて成り立っている。そういう人は大切である。
しかし、日本にシリコンバレービートを持っている人は少ない。
わけのわからんバイオベンチャーを手伝わされて、シンガポールのA*StarとかEconomic Boardとかに頻繁に今年前半は出かけたが、日本の官僚よりも若く、柔軟で、動きが速い。
これでは日本に将来はない。
多くの人が日本に将来はないと、思っているし、言っている。
現実を変えるのは、考えでも、言葉でもない。行動である。
行動しなければ命はない。ずっとぞう思って生きてきた。
私にはクリエイティビティーはない。ただ、少し変わった身の上話があるだけである。
この身の上話で世に出し映画を作り、力をつけて、良い仕事をしたいと思う。
私の運命はこれからの数ヶ月で大きく変わる。
さかはら あつし
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精神的な向上こそ最大の宝。
─ タゴール ─
(インド詩人)
死んでしまったら、精神は存在しない、きっと。
だから、生きていないといけない、何をしても。
さかはら あつし
午前中は知人に諸事の相談に出かけ、午後は税理士事務所に相談、その後、NPOの事務所に出かけ、前回の総会の議事録署名人の手続きをして、その後、理事長の木村晋介弁護士に法律相談。その後、ディナーをご馳走になり、将棋を一局教えていただいた。
いやー将棋は、奥が深い。
人間というのは凄いな、生きていると言うのは素晴らしいなと感じる一日であった。
多くの友人知人に、出版社、編集者、ライターの紹介をお願いしている。
出版のタイミングは出版するなら来年の三月になるだろう。出版すれば良いと言う物ではなく、どうプロデュースするか、ビジョンの共有も大切。
出版社は出版社で人員が足りなかったり、忙しかったりで、どの出版社にお願いすると良いのか、もうこれは偶然の出会いしかなく、運を天に任せるしかない。
良い出会いを期待しながら、シリコンバレー時代の起業家スピリットを持って動き始める。
さかはら
いただいた資料に目を通した上席のプロデューサーと話したのですが、是非一度、お会いしたいとのことです。電話番号が載っていないので、電話番号をメールでください。電話でスケジューリングの相談をしたいのです。
神奈川県横浜市青葉在住の方です。
daughterofchaosproduction@gmail.com までご連絡ください。
さかはら
群を抜く方法は、当たり前の仕事を、
当たり前ではない情熱で行うことである。
─ レターマン ─
(アメリカ作家)
当たり前でない方法で、当たり前でない情熱でやれば
凄いことになる。
さかはら
島田雅彦「カオスの娘」へのオーディション応募していただいた方有り難うございます。映画製作では良くある話ですが、若干、キャスティング等のスケジュールが押しております。いただいた資料と手紙、あなたの心は私が受け取りましたので、上席にいるプロデューサーと相談して、オーディションがある際には審査して、こちらよりご連絡させていただきます。いただいた心に応えようと私の体験を書きます。何かの参考になればと思います。
このブログは「カオスの娘」のブログとは別のブログなので、タイトルは「カオスの娘」とは別のタイトルにしています。多くの方はこのタイトルでこのブログに来てくださったのではないでしょうか?
1999年の夏、私はロサンジェルスで脚本の開発に取組んでいました。日本人がアメリカに渡り、役者として成功しようと言う話でした。
世界的に名門である俳優の養成機関リーストラスバーグインスティトゥートに出かけ、私は脚本家で「日本人がアメリカに渡り、役者として成功しようと言う話」を書いているので、俳優の卵たちにインタビューをさせて欲しいと、突然押しかけて、アドミニの女性に相談すると、それから5日間ほど、良きつく暇もないほどびっしりとスケジュールを組んでくれ、俳優の卵たちと何杯も何杯もお茶を飲ませてもらうことになりました。
それから、ニューヨークに出かけ、アクターズスタジオ に出かけ、同じことを試み、ボビーナカニシという日本人の役者と出会いました。技術のある素晴らしい役者だと思いますが、役に恵まれず、大きな成功はまだしていません。私としては心から彼に成功して欲しいと思い、おせっかいにも、厳しいことを言ったので、彼は傷ついているかもしれません。それについては謝らないといけないと思います。もっと良い言い方があったと思います。予感ですが、ボビーはそろそろブレークすると思います。単なる予感です。
私はあの時、ボビーに何を伝えたかったのだろう、と最近、ボビーと共通の知人に出会うこともあって考えました。
今日は都内を雑用でうろついており、ランチをグーバーグで食べました。
そこで出てきた店員さんの笑顔が素晴らしかったので、写真を撮らせて欲しいと頼んだら、断られたので、ハンバーグの写真を取りました。
その時、「あっ」と思ったのです。人の心を掴み、引き寄せるのは笑顔です。笑顔で引き寄せられ、そして、その人は何者かと考えて認識します。その認識される時に、「スパッ」と相手に忘れ去れられないことをしないといけないのです。
その手口をボビーに伝えた良かったのだと思いました。そうすると監督やプロデューサーが覚えていてくれるのだと思います。
それをこのタイトルのつけ方に出したつもりです。
ハリウッドで沢山の俳優の卵と出会いましたが、そういう人はあまりいませんでした。そういうのを才能と言うのかもしれません。
私自身、シリコンバレーの名門法律事務所でWSGRで知人を訪ねて、ランチをしていたら、隣にいた知的財産の日本を代表する研究者と少し話すことがあり、「君はハリウッドに行くと言うけど、どんな武器を持っているのかね?」と言われ、「この笑顔で駄目ですか?」と応じると、「そんな笑顔は良くあるからね」とパッサリやられました。
ここまでは大して仕事をしたことのない私の戯言だと思って、流しておいていただければ幸いです。
本当に役者をしている皆さんに差し上げたいのは、ロバート・デニーロの言葉です。
「心配してもしょうがないような理由で落とされるからね、オーディションに行き続けるんだよ」
という訳で、皆さん、頑張ってください。
さかはら
今日は一日資料を作っていた。こんなに沢山の資料を一日で作ったのは初めてだ。
やればできるというか。。。少し自分をストレッチした。
さかはら
弱い希望しか持たない人の落ち着くところは太平楽か暴力である。
強い希望を持つ人は新しい生命のあらゆる徴候を見つけて、
それを大切に守り、
今日の午後にはハリウッドでプロデュースする企画を持っているプロデューサーとミーティング。スケールの大きな感じのするプロデューサーだった。私と繋がりの深いプロジェクトなので何とか応援したいと思う。預かった脚本を読まなければならない。
それから場所を変えて時間待ち。喫茶店の女店主と世間話をすると、以前、日本の映画会社にいたとかで、驚いた。随分、話を聞いてもらい、意見をもらい、勉強になった。
その後、日本で主に活動する制作会社社長兼映画プロデューサーとミーティング。私が押しかけでお願いしたミーティングであったが、社長兼映画プロデューサーは凄かった。
本質を鷲づかみにし、単刀直入である。私が持っている最も強いコンテンツは私のライフストーリーであり、それを出版する必要があるとアドバイスされた。その通りであると思う。
思いっきりバックドロップで投げられたのに、このすがすがしさはどういうことだろうか。
別のプロデューサーの知人に、昔、私が血を吐いていた頃に噛み付いたことのある文学エージェントを使ったらどうかと社長兼映画プロデューサーにも勧められ、関係修復を試みたが、断りの連絡が入ってきた。
こういうのは出会いである。その文学エージェントが最適であったならば、最初に土下座しても頼んでいたろうと思う。そのことに気づいて断る彼もまたプロだと思う。
今から真剣に出版社を探す。書き直す必要があるなら書き直す。ライターを入れる必要があるならライターを入れる。
どんな手を使っても出版する。そして、その本はきっと世の中を明るくする。
さかはら あつし
我々の人生は我々の後にも前にも、側にもなく、
我々の中にある。
─ ジャック・プレヴェール ─
(フランス詩人)
死ぬときに、良く生きたかどうか判断するのは己しかいない。
残念なことに他人には嘘をつけても、自分にはつけない。
それは非常に恐ろしいことである。
さかはら あつし
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ハヌーカはユダヤ人の歴史上の英雄マカビー将軍がヨルダンのギリシャ正教徒に勝利したこととエルサレムの寺院を取り戻したことを祝う祭りで、8日間ユダヤ教独特の八本腕の蝋燭台ミノラに明かりが灯るというのがロンの説明だった。しかし、シナゴーグで出会った高校生は「ユダヤ人の子供がキリスト教のクリスマスを羨ましがるから作ったんだよ」と言って笑っていた。青木にはどちらが本当かはわからなかった。
青木の好きなユダヤ教のお祭りはプリムだった。プリムは聖書出てくる「エスター女王が自分もユダヤ人であることをペルシャの王に告げ、命を危険に侵してまでペルシャのユダヤ人を救った」ことを祝うお祭りだった。プリムのお祭りになるとユダヤ人の子供達はこの話の劇を衣装を見につけてシナゴーグで披露する。演劇や映画などのショービジネスにユダヤ人が多い理由もこういうところにあるのかもしれないと青木は思った。
春になるとペサハ(過ぎ越しの祭)と言われる一年で一番大きなお祭りが8日間続く。
これはモーゼがユダヤの民を連れてエジプトを出たこと(聖書の「出エジプト記」)を記念するお祭りで、セダーと言われる特別な料理が出され、それをみな一緒に特別な順序で食べる。その中でもモロアーという辛い大根をマッツアというユダヤ人の人が良く食べるクッキーにのせて食べた。青木が「どうしてこんな辛いものを食べるのか?」とロンに尋ねると、「それはエジプトから脱出したときの艱難辛苦を忘れない為だ」と教えてくれた。
「ユダヤ教は宗教というより、歴史を共有する生活習慣である」と誰かがどこかで書いていたが、ユダヤ人はそうやって歴史を忘れないのだ。
ペサハの時にはスーコートと呼ぶ小屋を立てる。シナゴーグの外にもスーコートを作ったが、ロンは青木の手をかりながら自分の家の裏庭にもスーコートを立てて料理を出し、次々と訪れてくる客に振舞った。ペサハの間、スーコートという小屋を立てて行事をするのもエジプトを脱出した際にこのような小屋で暮らしながら移動したことを忘れないようにするためだった。
秋にはラシャシャナと言われる新年のお祭りがある。これは日本の豊作を祝うお祭りに近い。
青木はロンの家に居候しながらアメリカのユダヤ人の生活を経験し、ホロコーストのサバイバーのエリ・ビゼル「私達、ユダヤ人はものの終わりよりも始まりを大切にします。それは私達ユダヤ人はどの大人の中にもダイヤモンドのような少年がいて、いつも囁きかけていることを知っているからです」という言葉の意味がわかる気がした。ユダヤ人は自分達がどこからやって来たかを宗教上の儀式として確認し続けてきた民族なのである。
エリ・ビゼルは秋深まるハロウイーンの夜になるといつもマンハタンの九四丁目Yというセンターで講演をしていた。九四丁目Yはユダヤ人のYMCAのようなものである。エリ・ビゼルはホロコーストを生き残った後、パリで哲学を勉強した後、ジャーナリストとなり、後に作家になった。
エリ・ビゼルが「生き残ること」、「生きること」そして「生きる目的と意味」について誰よりもよく考えるようになることは間違いない。最初、青木はエリ・ビゼルに会いたいと思った。会って、その後、「何を考え」「何を決意し」「どう生きよう」としたのか実際にエリ・ビゼルの口から話を聞きたかった。
青木はその夜、九四丁目Yからそれほど遠くないカーネギーホールのすぐ近くにあるカプランの自習室にいた。直前までエリ・ビゼルの講演に行くつもりだったが青木は結局止めた。
青木には「そんな暇があったら勉強しなければならない」という気持もあった。それは嘘ではない。しかし、青木が本当に行かなかった理由は「エリ・ビゼルはエリ・ビゼルの「生き方」を見つけたに違いない。それを聞いたところできっと自分にはどうしようもないのではないか。むしろ聞いてしまうとエリ・ビゼルの人生を範にしようとしてしまうのではないか」と感じたからだった。エリ・ビゼルの言葉を聞くのが怖かった。エリ・ビゼルの言葉に影響されるのを恐れたのだった。
(未刊の小説「約束」を改題、「Lucky Enough」より)
Giuseppe Tornatore は嫌らしいほど観客の感情の動きを巧みに操作する。
娼婦として使われ、子供を生まされ、人身売買に出されたロシア人女性が、艱難辛苦を乗り越え、犯罪まで犯し、やっと自分の娘に出会えたと思ったら、それが本当かどうかはわからない。しかし。。。。
パースペクティブを最も見事に言い表す言葉は「私は過去を捨てたのに、過去は私を捨ててくれない」という言葉ではなかったかと思う。
Giuseppe Tornatoreの物語の創り方は、主人公の人生を大きく捉える構成と、人間の嫌らしさと純粋さを巧みに使う技術にあるように思う。
ここまで嫌らしい(良い意味で)ストーリーテラーはそうはいない。
参りました。
さかはら
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