一点突破
一点突破が必要である。
まず、これで一点突破をしよう。
その一点突破とは創造であり、この混迷の時代を貫く哲学である。
さかはら
朝から散髪に出かけ、結婚の決まった散髪屋の青年とランチ。リニューアルする散髪屋のロゴを一緒に考えた後、電気屋に出かけ、DTM(Desk Top Music)のソフトと様子を調べ、当たりをつける。どうしても作曲、そして、サキソフォンの腕を上げるのに必要だと思う。音楽のシステムを根本的に理解するためには、DTMをやるのが近道ではないかと睨んでいる。サキソフォンでインプロバイゼーションまで行けないのは、楽譜をしっかりと読めないのは、「作る」という作業からアプローチしていないからではないかと思う。近々にソフトと専用キーボードを入手することになる。
その後、ビジネスの研究に熱心な仲間と午後一杯、お茶をする。私が現在取り組んでいる論文の話をしてみると、興味を持ってくれたようなので、少しは価値があるらしい。
オフィスに出かけ、雑用をして、途中に夕飯を食べ、家に戻ってインターネットヨットをして、
インターネットの動画サイトで格闘技を見ていると真夜中になった。
拡散させ続けてきた何かを、収束させ、凝固させることを試みようと思う。今、ヘルプしているプロジェクト及びビジネスを成功に導くことも大切だが、私のクリエーションで一つのことを打ち立てることが、何か一つの大きな意味を持つように思う。
これをキチンと世に出せば、それなりの収入になり、また、そこをレバーにして動き出すことができるだろうと思う。
結構待たせて悪いな、塩谷、急ぐからな。待ってろ。
さかはら あつし
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プロジェクトを組むときに大切なことは二つ。
“キーマン”を見つける。そしてその人がやる気になるよう
“説得”する。それができれば、目的は半ば達成したようなもの
― 井深 大 ―
(ソニー創業者)
事業は人材探しに始まり、人材探しに終わる。
さかはら あつし
今まで居場所を変え、さまざまなことを経験し、拡散を目指してきた。
下手糞なサキソフォンも、下手糞な外国語も、下手糞な脚本も、全ては拡散的な動きの中であった。
いよいよ、動き方を収束に向かわせ、「一つずつ詰める」という動きに向かってゆくことになる。
どの順序で「詰めきってゆく」のかはわからないが、アメリカの友人に英語で脚本を書いてもらっている企画の映画化、去年から書きかけの論文、小説、下手糞なサキソフォンから主戦場を移し、次に目指すDTMによる作曲など、大学の図書館の読破など、幾つものプロジェクトを抱えているが、そろそろ、どこかから一つずつ「詰める」て完成させると言う作業を開始することになる。
さかはら
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人に対して正しく賢明な助言をすることは出来る。
しかし、自分が正しく賢明に振る舞うことはむずかしい。
自分の瞳の中を覗くのは難しい。
さかはら あつし
コンピューターに詳しい友人が来て、この間、秋葉原で買っておいたデスクトップコンピューターの電源ユニットを新しいものに取り替えてくれ、コンピューターが復活した。
大変嬉しい。電源ユニットを代えたせいか、ついでに、色々といじってくれたせいか、コンピューターの調子ももより良くなったような気がする。
さかはら あつし
あなたの正直さと誠実さとがあなたを傷つけるでしょう。
気にすることなく正直で誠実であり続けなさい。
― マザー・テレサ ―
(カトリック修道女)
ぶれないことは力となる。
さかはら あつし
ステーキランチを食べながらポルトガル語の本を読み、全くわからない音楽の本を眺めた後、大学図書館に向かい、東洋思想の本を100数十冊ページをめくって帰ってきた。帰りにマーボ麺を食べて、早めの夕食とした。
目標管理の要諦は、絶対に出来ることを積み上げることである。
まづは、己のスピードを正確に把握するところから全ては始まる。
さかはら
己の目標管理が三流であることを痛感した。
インプットにしても、アウトプットにしても、目標管理が出来ていない。
「できるだけ」というマジックワードで、甘くなっている。
外国語をやるとしたら、いつまでに、どのぐらいの外国語を身につけるのか、音楽をやるとしたら、いつまでにどのぐらいの音楽能力をつけるのか、論文を書くとしたらいつまでにどのぐらいのボリュームで書くのか、小説を書くとしたら、いつまでにどのぐらいのボリュームなのか、企画はどするか?ビジネスはどうするか?映画を見るというのはどういうことか?
目標管理を研ぎ澄まさなければならない。
何冊かの本とノートを持って、図書館に向かう。
さかはら
自分の戦況を把握する作業をしよう。一本の企画はアメリカの脚本担当者に投げているので、こちらは「待ち」で、何も出来ない。
次の企画を考え始めるのも一つ、論文を書き進めるのも一つ、新しいプロジェクトを考えるのも一つ、出版を考えるのも一つ。
インプット、アウトプット、特にアウトプットについて、良く考えてみよう。
さかはら
深夜に事業計画の叩き台を作った後、眠り、気がついたら夕方5時。
起きだして、近所の中華料理屋でトウミョウと鳥の唐揚げを食べて、戻ったが、それでもまだ体が疲れている。
プレッシャーがきつい日々を過ごしていると言えば、過ごしているので、ストレスも溜まっているのだろう。
音楽をかけて、また、横になる。
さかはら
秋葉原に立ち寄って、電源ユニットを購入して帰還。
今日からの数日は、己自身の戦略、プロジェクトの戦略、インプット、アウトプット、そして、部屋の整理に明け暮れる。もちろん、ペースを作って、20分刻みで仕事をする。
さかはら
子供たちのことで、何かを直してやろうとするときにはいつでも、
それはむしろわれわれのほうで改めるべきことではないかと、
まず注意深く考えてみるべきである。
― カール・ユング ―
(スイス心理学者)
意見が異なる二人の人がいる場合、どちらかが間違っているか、
両方とも間違っているかである。どちらの場合も正解にたどり着
くのは、己を疑うことを知っている者だけである。
さかはら あつし
さすがに、ここ一ヶ月、ぶっ飛ばしてきたので疲れた。これだけ動きたおせば当然だろうが、
処方されている薬をこの数日飲まなかったのが良くなかったのかもしれない。
昨日、アメリカの脚本・監督担当者にはトリートメントを全て渡し、この企画については私のコートにはボールがないので、気が楽である。
夜になると、コンピューターに強い友人が来てくれて、デスクトップコンピューターの電源を取り出してくれたので、明日にでも電源の入手に向かう。
今日は薬を飲んでしっかりと眠る。
さかはら
ポルトガル語を少しやった。
前回の出張の時に試し始めた新しい学習法を試し始めた。
少し強引な、サキソフォンの学習法に近い方法だが、何となくアプローチを数値化できそうな気がする。
このやり方が身につくと、かなりのスピードで言語を覚えられるのではないかと期待するが、
どうだろうか。
さかはら
朝は早稲田に出向き、新しい身分証をもらい、図書館のカードを更新してもらった後、図書館で東洋思想史の本を50冊ぐらいページをめくった後、神保町に出かけ、依頼していた万年筆をピックアップしに行くが、万年筆屋は閉まっていた。500円のにぎりずしのランチを食べ、映画以外の仕事をしているオフィスに昼過ぎに出かけ、ミーティングのスケジューリングなどを集中的に行い、海外からの弁護士のメールを処理し、仕事をしている間に、気づくと6時。途中で、飯を食べて、家に戻り、インターネットを見たり、ituneのソフトをダウンロードしたりとしているうちにもう午後8時20分。今、入っているプロジェクトはダイナミックで学習曲線もあり、面白いが、そこだけに依存すると、思考停止となってしまう。常に、主導し、戦略を立て、資源配分を行わなければならない。そのことを強烈に意識する。
さかはら あつし
慰められるより慰めることを
理解されるより理解することを
愛されるよりは愛することを
― マザー・テレサ ―
(カトリック修道女)
宗教と思考停止はどう違うのか?
さかはら あつし
時間の使い方をもっと大胆に、そして、シビアにしよう。
もっと切り刻むような使い方を。
もっと角度を変えた使い方をしよう。
現代史を書くような仕事をしている知人とのアポイントメントを調整していて、反省した。
さかはら
創造的な人間は、仕事にむきになれる人間だけど、
むきになりっぱなしの状態では、創造的発想は生まれない。
― 広中 平祐 ―
(数学者)
一度、あることに夢中になり、諦めても、また、そそれが別のことに
つながるというのは、何かを成す人においては、良くあることだ。
そして、最初の対象で手を抜いていないことを決して忘れはいけな
い。
さかはら あつし
問題の本質はいつも部分と全体、接眼と鳥瞰の関係である。
さかはら あつし
友人が壊れたデスクトップパソコンの様子を見に来てくれた。やはり、電源らしい。
また、見に来てもらって、タイプを確認し、自分で購入、その友人に取り付けてもらう。
非常に助かる。
トイレの電灯が切れていた。
トイレで読むべき本が読めないので、電灯を買いに出た。
さかはら
デスクトップコンピューターの修理は先送りになったが、ペンとノートで考えたり、出張のフォローをしている間に、一日が過ぎていった。
それにしても思うのは、考えることが嫌いじゃない、ということだ。
やりたいことはもっとあるが。
さかはら
12時間近く眠った。
疲れが随分取れた。
30分かけて、凡その今日のメニューを作った。コンピューターに詳しい友人が連絡してきてくれて、コンピューターの復旧の検討を開始してくれた。有難い。
以前はストップウオッチと方位磁針を持って歩いていたのだが、ここしばらく腕時計をしている。
カシオのプロトレックのPRW-1000J-1JRというモデルである。
リピートタイマー機能のついたストップウオッチを探してみたが、見つからず、腕時計でないかと探していると、これを見つけた。
私がストップウオッチと方位磁針を持って歩いていた理由は、常に「時間」を大切にすることを忘れないようにすること、そして、「自分が生きる目的と方向を常に確かめ、よく考えること」の為だった。
この時計には方位磁針機能、気圧計、高度計もついていた。そして、何より、100%ソーラーエネルギーだということが、購入の大きな理由となった。
しかし、100%ソーラーエネルギーが曲者だった。
時計が袖の中に隠れると、充電する時間が少ないのか、バッテリーのLow表示が点滅する。飛行機の移動中に暮れない太陽の光を充電しようとしてもウインドシールドにUVの機能がついているためか、なかなか充電されない。
そうすると、いつも腕で時計はLowを点滅するので、自分自身のエネルギーまでLowになっているような錯覚に陥る。
それで、今日は日向に腕時計を置いて、充電する。
そうか、自分自身も充電をする日なんだなと妙に納得する。
そんなことを考えながら、今日をストラクチャーする。
少し、ゆっくりしても、ボーっとしているほどの時間は残念ながらない。
さかはら
午前中に日本に辿り着き、NPOの理事会。非常に具体的にNPOの活動は進み、活性化し、社会へのコミットメントが強くなっている。社会的な成果も出てきたが、これで安心してはいけない。本質的な問題は解決していないのだ。
その後、理事と夕飯、そして、お茶をして、帰宅。
疲れたので、今夜はぐっすりと寝よう。
明日は、旅のフォロー、デスクトップコンピューター修繕のための善後策、プロジェクトについて自分なりに考え、本を読んで、映画を少し進める。
さかはら
参謀をしているのだなと、シンガポールからの飛行機の中で気づいた。
ここ一ヶ月、シンガポール、シンガポール、アメリカ、インド、マレーシア、シンガポールと動いた。
随分な移動をしたもんだと自分でも思う。
今までの動き方はどちらかというとラインの現場責任者のような動き方だったと思う。
このプロジェクトをやりはじめて、一ヶ月。最初の一ヶ月は、このプロジェクトの特性、プロジェクトリーダーの特性、リソースを理解することをやったので、非常に良かったのではないかと思う。
そろそろ、職業参謀としての腕を発揮しなければならない。
プロジェクトリーダーより高い視座からプロジェクトを鳥瞰し、戦略を立案し、優先順位を決めて、行動に移す。
面白いのはここからだ。
さかはら
日本に戻って見ると、愛用のデスクトップがぶっ壊れ、うんともすんとも言わなくなっている。
最近は外で仕事をすることが多く、ラップトップで仕事をするようになっていたし、また、基本データは全てバックアップ用大容量ハードディスクに移しているので、実際は意外にダメージが少ないのだが、それでもやはり、PCを直しておきたいという衝動は小さくない。
やれやれ。
さかはら
生産性が高いミーティングだったと思う。夜の便でシンガポールに向かう。
「話をして欲しい」と依頼された。私の話に興味を持つ人はいないので、別のことを書こう、そういう映画を作ってみよう、また、映画以外の仕事をしてみよう、と思った矢先だったので、不思議な気もする。
「自己定義は自分でするものではない。依頼者がいるというのが、自己定義の最初の一歩である」というのが、新古典派的な考え方をアレンジした最近の私のアプローチなので、聞きたいという人がいるのなら、それなりの意味もあるのではないかと思う。
それで、待ち時間、隙間時間があると、「自分の切り出し方」そして「社会原理序説」という論文について、考察するようにしている。
成田では1万円弱の本を買い込んで、時間があれば読むようにしているが、最近はインプットが少ないので、インプットの量を増やすことを意識に心がけている。
さかはら
今夜はクアラルンプールに向かう。ホテルをチェックアウトするまで時間があるので、それまで、紅茶を飲みながら、読書でもしよう。
さかはら
人生は挑まなければ、応えてくれない。
うつろに叩けば、うつろにしか応えない。
― 城山 三郎 ―
(『人生余熱あり』)
求めろ。
さかはら あつし
朝から、ばたばたとして整理と一日の準備をしていた。
深夜の便でクアラルンプールに向かう。
成田空港で纏め買いした本が紙袋にいっぱいあり、コンピューターの中には書きかけの論文がある。
今日のアポイントメントの報告が入るまで、若干、疲れているが、本を眺めたら、一行でも論文を書く。
さかはら
雑魚は雑魚なりに、大海を泳ぎ
我は我なりに、大地を歩く
― 坂村 真民 ―
(詩人)
結局は、自分にしかなれない。
さかはら
人生初の「インドでカレー」だった。
デリの最高級ホテルに宿泊しているのだが、その英国風のサービスは徹底的に優れていて、しかし、その優れているサービスのスタイルのどこかに、かつての植民地支配と貧富の差があるのだという意識を持たせ、なんとなく切なくなる。
「運命は書かれている、それを信じろ」
スラムドッグ・ミリオネアのメッセージではなかったか。
運命を信じて、生きる。
さかはら
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「好」天気も「悪」天気もないのです。
ただあるのは、天気と天気に左右される私たち自身です。
― ルイーズ・L・ヘイ ―
(アメリカカウンセラー)
毒ガスを吸った後、「死神のハグは、フルーティーな香りがしたぜ」とシカゴの友人にメールを入れたのを覚えている。
ジョークを言おう。笑いは人間に勇気と希望を与える。
さかはら あつし
もっと学び、もっと考え、もっとアウトプットをするということができていなかった。
今やっている、国際的社会起業は、それは恐ろしいスピードで進んでいる。これだけで、かなりの動きであり、非常に大変な作業なのだが、まだ、自分の使い方が甘かったのだ。
まだ、裏番組を入れて、徹底的に自分を使い切ることが出来ると思う。
国際的起業ももっとプロアクティブに進めることが出来るはずだ。
もっと全開で行こう。
さかはら
旅支度を完了した。
どうも最近、あるプロジェクトにかかりきりになっているので、情報インプットの経路と思考角度が固まりつつあるような感覚を覚える。
良くないことだ。
ロマンス語系の2ヶ国語の参考書を2冊、ロサンジェルスで出会った著者にもらった新書2冊をかばんにつっこんだ。飛行機の中では映画も見るだろうし、新しい国に行くのだから、本を買って、事前に学習しておくことも大切だ。小説を読むことも大切だ。早めに空港についたら、本屋で本を買おう。
3000-4000円ぐらい本を買って、着いたら捨てるぐらいでちょうど良いはずだ。
最近、作業に追われているが、思考訓練と情報収集を徹底的に脳みそにやらなければだめだと思う。
さかはら あつし
明日からインド、マレーシア、そして、シンガポールと駆け回る。 少しゆっくりと準備をしているが、実は、それほど時間はない。明日の朝は早いのだ。インドとマレーシアは初めての国だが、どんなトリップになるのだろうか。
用意が出来たら、少し映画を進めよう。そんなことを考えているうちに、もう真夜中じゃないか。
さかはら
すべての大きな過ちにはいつも中間点となる瞬間があるのだ。
その過ちを取り消し、あるいは正すことのできる瞬間が。
― パール・バック ―
(アメリカ小説家)
霊感ともいうべき判断力が存在することを私は否定しない。
脳科学者なら、右脳が判断すると言うのかもしれないが。
しかし、大切なことは、その霊感が、「我」に囚われていない
素直なものでなければならないことだ。
さかはら あつし
国際的な社会起業の企画書を一本書き終えた。
明日、もう一本書かないといけない。
書いてみて、わかったのだが、この企画、ちゃんと出来るとノーベル賞をもらえるかもしれない。
明日はもう一本、企画書を書く。
去年、パリ、トロントと映画プロデューサーとして企画書を書いて出かけ、英語で脚本を2、3本書いたからか、英語で最初から企画書が書けるようになった。
どんどん加速してゆく感じがする。
さかはら
仕事をしていて、人間と社会は面白いなと思う。
さかはら
私の出来る事は、小さな人達と会う時に、
その子の良いところをほれぼれして見つけたい。そうすると、
みんな花が開いたみたいに、凄くいい物を出してくれますから。
― 工藤 直子 ―
(詩人)
私は人に出会うたびに、その人の瞳はどんな人達を見つめて
来たのか、どんな社会を見つめてきたのかと考える。
さかはら あつし
今までの経験から言っても、きっと、考えられる限りの最高速で、プロジェクトを展開している。
それは、恐ろしいスピードである。そして、国際的な社会起業という、ほとんど前例のないポジションで、前例のないアプローチを繰り広げている。
このプロジェクトを駆け抜けると、すごいことになると思う。
さかはら
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強い人が勝つとは限らない。
すばらしい人が勝つとも限らない。
私はできる、と考えている人が結局は勝つのだ。
― ナポレオン・ヒル ―
(『成功哲学』)
(ナポレオンヒル)
勝つことはやさしい。良く生きることはむずかしい。
さかはら あつし
ナポレオンヒルの人生には、「出会い」があり、「即答」の選択があり、大きな仕事をしたのにもかかわらず、誰も幾ら儲けたか気にもしない。
さかはら あつし
今日は昼まで眠ったが、それから、随分追い込んだので、全体の時間の稼働率は6割ぐらいに達した感覚がある。
カリフォルニアから電話が入る予定だったが、遅いので眠る。
このペースで朝から一日動けると凄いなとは思うが、そうはいかないのが人間なのだろうと思う。
裏番組の法則を使いながら、別のことをして、生産的なことをしながらも休むと言う方法を徹底しないといけない。
DVDをもっと見る予定だったが、それもできなかった。明日から国内出張だがラップトップを持って歩いて、出張先で映画を見ることも試してみよう。
さかはら
大人虎変、君子豹変、小人面革という言葉がある。
『大人(偉大な指導者・王など)と君子(正しい道を実践しようとしている人)は
虎や豹が季節に合わせ鮮やかに毛を生え変わらせるように
自分自身の考え、行いを瞬時に切り替えて変わることができる。
小人(大人・君子でない人)は顔の表情だけは変えるが
心の中、本質はまるで変えられない。』
素直は松下幸之助が大切にした言葉である。
素直でいることは難しい。
しかし、節操がないぐらい、自分を変えられる人間でありたいと思う。
新しいことにもどんどんチャレンジしよう。今までやったことがないからやるのだ。
経験がなく、偏見と不思議な前提が、不思議に見えるから、新しいことをやる意味がある。
それが、社会を変革する源泉ではないかと思う。
さかはら
どうすれば、ガラパゴス化する日本を救えるのだろう。
「内需拡大」という言葉が随分懐かしいが、それをしている間に、日本は未曾有の不景気の中に落ち込み、「外需縮小」をしてしまっているのではないかと思う。
最近、訪問が多いシンガポールを見て、特にそう思う。日本の状況はかなり悪い。
その一助になる企画はないことはないのだが、誰かにやってもらわないと、私の体は一つしかない。
海外でやる企画なのだが、「英語ぐらい、覚えながらやります」という社会起業家はいないのだろうか。
本気でやりたい人がいれば、連絡ください。
本気で応援します。
さかはら
世界を変えるための企画書のドラフトを開始した。
一週間後には、この企画書を持って、某国の元大統領にプレゼンに出かける予定である。
私心なく、大きく、動き出す。映画には寄り道だが、世界が必要としているのだから、仕方がない。
さかはら
学び続けることは、
どんな分野においても、成功するための最低条件だ。
― デニス・ウェイトリー ―
(アメリカ教育学者)
学び続けるためには、志を高く、具体的に持つこと、
異質なものを求めること、新しいことにチャレンジする
ことである。
さかはら あつし
近所の定食屋で、野菜炒め定食を食べながら、ポルトガル語、スペイン語、イタリア語の本をぺらぺらと眺めていた。趣味でやっているだけなので、そして、とっかかりを探しているだけなので、これで十分である。
とっかかりが見つかれば、一気に走り出すだろう。
「ああ、似ているな」だけで十分である。
野菜炒めを、調べると、
イタリア語ではVerdure fritte
スペイン語ではVerduras fritas
ポルトガル語ではFried legumes
なるほど、そう言えば、昔アントワープでフライドポテトを食べたとき、フリットと言っていた。
さかはら
最近、立て続けに、何気なく使っていたソフトウエアーのアップグレードをやった。偶然だが、二つとも音声系のテクノロジーであるが。テクノロジー環境に気を配り、アップグレードしてゆくことはこれから非常に大切になると思う。
使っているコンピューターの全てがXPという私の言うことではないかもしれないが。
さかはら
思考は瞬間であるということを感覚的に理解した。
瞬間の中に思考があり、広がりがあり、その広がりの限界がある。
その広がりの認識を繰り返すと、かなり深い思考を、瞬間の繰り返しで、実現できる。
さかはら
今日は13時間、ぐらいぐっすりと眠り、ランチを食べに、近所の叙々園に出かけてきた。体を休めることが大切だと言うことを、学び始めた。
今までは、まっすぐ、ズーッと走り続けるということをしていたように思う。
その程度の仕事しかしてこなかったということだろう。
さかはら あつし
何のチェックもせずに映画館に出向くと、時間が中途半端だった。それに見たい映画をやっていなかった。
途中、ハンバーガーを食べ、家にたどり着くと、かなり眠い。健康で、充実した一日を過ごした証拠ではないか。
明日を充実した一日にするために、今日はもう、さっさと眠る。
さかはら
昨日は、一日、仕事に追いかけられた後、昔の勉強会の仲間に出会い、夕飯を食べ、世界が未曾有の大不況であることを実感する。
私は個人的に世間がそうなる前に不景気だったので、実感がなかったのだが、やはり、今はかなり酷い。
その後、家の近所の「虎の穴」のような散髪屋で修行を終えて、新宿の実家の散髪屋に戻ることになった散髪屋と居酒屋で少しだけ飲み、家に戻るとバタンキュー。
最近、猛烈に仕事をしているので、かなり疲労がたまっていて、朝は午前10時ぐらいまで朦朧としていたが、メールをさばき、近所の蕎麦屋で蕎麦を食べ、散髪屋がデビューした実家の散髪屋のある新宿に向かい、散髪してもらう。
鏡に映る自分を見て、健康そうになったと感じる。世間は大不況だが、私は意気軒昂である。
その後、オフィスに出てきて、一時間ほどフロアで倒れるように転寝して、疲れをとった後、メール、映画の作業などを大量に捌き、やっとこれから、どうしてもやっておきたい仕事に着手する。といってももう午後7時。
「困難は徹底的に分割する」の定石どおり、まずは作業を分割し、明日、明後日、そして、来週の作業の高速作業の下作業の準備になるような作業を集中してやり、書きはじめた論文を少しでも書き増して、映画館に向かい、ポップコーンを頬張りながら映画を見よう。
ちまにに、明日、その散髪屋はプロポーズする。頑張れ、散髪屋。
さかはら
昨日、昔の会社で同僚だった、とは言っても、彼も会社をやめていたが、今でも代理店的マーケッターをしている友人と別の友人と出会った。
それで、感じたことは、いやー、相変わらず、広告代理店のマーケッターのままだなという感じがしたことである。
ずっと、戦略コンサルタントの仕事をしていたので、敏感に感じることが出来たのだと思う。
広告代理店のマーケッターは情報量で勝負するから、情報量がむやみに多い。
戦略コンサルタントは、相手の情報の中の前提を逆転させるような思考をするので、情報量は少ない。
フローの情報の広告代理店マーケッターと思考の戦略コンサルタントといった感じだろうか。
まあ、広告代理店マーケッターも年季が入ると、思考型になるのかもしれないが、提案型の仕事と問題解決型の仕事の違いではないかと思う。
面白い経験になった。
さかはら
映画以外のプロジェクトで忙しいが、映画のプロジェクトの作業は軌道に乗せた。
論文を書くプロジェクトが軌道に乗っていない。
困難は分割せよ。
では、私の場合、足りない。
困難は「徹底的に」分割せよ。
そして、徹底的にというのは、1分間の作業時間というぐらいに、その修飾語句を具体化せねばならない。
さかはら
フールプルーフとは「バカよけ」のことである。
成功をするものは「同じ失敗を2度としない」という。
それは、反省するからでもなく、気をつけるからでもない。
非常に具体的な対応、システムを構築するので、「同じ失敗が『起こらない』」のである。
朝から、作業をしていて、凡ミスについて反省して考えていた。
21世紀は情報の世紀、情報の民主化の世紀、見方を変えて言えば、「方法の世紀」である。
資本主義の形態が、情報の現実に合わずに、社会の調整作用が行われているのが、100年に一度のこの大不況ではないかと思う。
このことについては、ある研究者と無謀にも執筆を試みている「社会原理序説」という論文で書くことになると思う。
システム化、フールプルーフと言う考え方を、コンサルタントとして仕事をしている時は、それなりに活用していたのだと思うのだが、己の日常、生活と言うものへの応用が全くなかったと反省している。
私の流儀で言えば、反省しても仕方なく、「では、どうするのか?」という問題だけがここに残り、早速、具体化した。
このシステム化とフールプルーフを徹底すると、昨日から考えている、整理され、精密で、高速で、質的に高、量的に大、そして、創造性に溢れる仕事ができるはずである。
一方、己が幾ら高速になろうとも、それは己のスピードである。
社会を生きるためには、他の人とコミュニケーションすることは欠かせず、コミュニケーションの能力が、オペーレショナル・マネージメントの言葉を借りると、ボトルネックとなり、スループットを決めるのではないかと思う。
人生は一度なのだから、存分に使い尽くし、楽しまなければならない。
このことを命がけでやろうと思う。
2009年のエープリルフールは、フールプルーフに目覚めた日である。
さかはら
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